炭素税はヨーロッパ諸国を中心に導入が進んでいる、環境保全のための税金です。日本ではまだ本格導入されておらず認知度は低いものの、地球温暖化対策の一環として効果が期待されています。炭素税の役割や導入の効果、海外の事例を見ていきましょう。

そもそも「炭素税」とは?

『炭素税』とはどのような税金なのでしょうか?炭素という目に見えないものに課税すると言われても、ほとんどの人は何のことだか分からないかもしれません。炭素税の意味や、なぜ必要なのかといった基本的な内容を解説します。

環境税の一種

炭素税は、環境保全を目的として課される『環境税』の一種です。環境税の税収は環境整備や省エネ促進など、地球環境をよりよくするために使われます。

炭素税の対象となるのは、石油や石炭・天然ガスなどの化石燃料に含まれる炭素です。企業や個人は、二酸化炭素の使用量に応じて算出された炭素税を納めることになります。

炭素税の目的は化石燃料の価格を高くすることです。化石燃料は炭素を多く含んでいるため、二酸化炭素の排出量も多くなります。

炭素税を導入して化石燃料の価格を上げることで、使用量の削減を期待しているのです。また、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーへの転換を促すという狙いもあります。

炭素税が必要とされる背景

炭素税が必要とされる背景には、深刻な地球温暖化があります。これまでの予測では、21世紀末には世界の平均気温は2.6~4.8℃上昇し、平均海面水位は最大82cm上昇するといわれていました。

2021年8月のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書(AR6)では、予測がより深刻になっています。

地球温暖が予測より早く進行しており、平均気温が以前の予想を超えて上昇する可能性があると指摘されているのです。

この指摘を受けて、早急に二酸化炭素の排出量を減らす必要があると各国が危機感を強めました。地球温暖化対策の一環として、炭素税の導入・検討が急がれています。

参考:気候変動に関する政府間パネル第6次評価報告書 第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について (METI/経済産業省)

日本ではまだ本格導入されていない

日本における炭素税の導入状況は、どうなっているのでしょうか?日本では、炭素税にあたる税として『地球温暖化対策税(温対税)』が導入されています。

しかし、温対税は諸外国の炭素税と比べると税率が低く、同等とはいえません。新たに炭素税の導入が検討されてはいるものの、まだ本格的には取り入れられていない状況です。

2022年度の税制改正でも炭素税の導入は見送られました。2023年度以降の導入を目指して調整が進められているとされますが、2022年3月現在、具体的な時期は未定のままです。

参考:環境省_地球温暖化対策のための税の導入

炭素税はカーボンプライシングの一制度

地球温暖化対策の一つとして、二酸化炭素の価格付け(カーボンプライシング)があります。二酸化炭素の排出量に応じて、企業や家庭に費用を負担してもらう仕組みのことです。

『カーボンプライシング4類型』という四つの種類で構成されており、炭素税もその一つです。他の三つの詳細を見ていきましょう。

参考:環境省_カーボンプライシング

国内排出量取引

国内排出量取引は、『キャップアンドトレード制度』とも呼ばれています。企業ごとに排出上限(キャップ)を設定してから排出権を有償または無償で配分し、余剰分や不足分を企業間で取引(トレード)する制度です。

二酸化炭素の排出量が多いと、自社に割り当てられた排出権だけでは足りなくなることがあります。そこで不足分を補うために、余剰がある他の企業から排出権を購入するのです。

排出権の売却で利益が得られるため、排出削減に努力している企業ほどメリットがある仕組みといえます。

クレジット取引

クレジット取引は、大企業が中心になって行うカーボンプライシングです。まず中小企業が大企業から資金や技術の協力を得て、温室効果ガスの削減事業を行います。

その後、国内クレジット認証委員会から、削減分に対して認証を受けます。認証された削減分を国内クレジットとして大企業に売却することで、中小企業は利益を得られる仕組みです。

大企業は、自主行動計画の達成や温対法の調整後排出報告などにより、購入したクレジットを使えます。自社で温室効果ガス対策を実施していなくても、間接的に削減に取り組む企業を支援できるのがメリットです。

炭素国境調整措置

炭素税を導入することで懸念されるのが、自国における国際競争力の低下です。製品の価格に炭素税分を上乗せすることになるので、どうしても導入前より値段が高くなります。

価格競争に弱くなれば、安く商品を販売できる国にシェアを奪われてしまいかねません。

炭素の排出規制が緩い国に市場競争で負けたり、自国の企業が生産拠点を移したりすることを恐れて、炭素税の導入に二の足を踏んでいる国もあります。

そこで導入されたのが、『炭素国境調整措置』です。炭素の価格が安い国で製造されたものを購入する際に、自国の炭素価格との差額を事業者に負担してもらいます。

炭素税の導入国と未導入国で製品価格の差をなくし、二酸化炭素の排出量削減も期待できるとして、EU諸国やアメリカで推進されている措置です。

炭素税導入のメリット・デメリット

炭素税の導入は二酸化炭素の排出量を削減するために有効ですが、デメリットもあります。炭素税を導入することで考えられる効果とデメリットには、それぞれ何があるのでしょうか?

導入で期待される効果

炭素税導入で期待できる最も大きなメリットは、企業・個人を問わず、炭素税の負担によって地球温暖化対策に協力できることでしょう。直接的な行動は難しくても、炭素税という形で間接的な貢献が可能になります。

ただ、炭素税によって製品価格を上げざるを得ない企業は、損をしたと感じるかもしれません。しかし、高くても魅力的な製品や、より二酸化炭素排出量の少ない製品を開発するきっかけを得られ、ビジネスチャンスにつながる可能性もあります。

炭素税の本格導入には、企業それぞれの意識と協力が欠かせません。

懸念されるデメリット

炭素税を導入したとき、デメリットを感じる可能性があるのは企業に限りません。消費者側にも関係する懸念点があります。

まず挙げられるのが、炭素税が上乗せされるために製品の価格が高くなることです。特に低所得者は、商品やサービスを買うときに負担が大きくなるでしょう。

また、炭素税を導入すると、二酸化炭素排出量の規制が緩い国へ産業が移動する可能性があります。結果として二酸化炭素の総排出量が変わらなくなるばかりか、国としての競争力低下・ひいては国民の所得減少につながる事態になりかねません。

炭素税を導入するなら、政府には炭素国境調整措置をはじめ、国民の生活に悪影響を及ぼさない工夫が求められます。

海外における炭素税の導入事例

炭素税をすでに導入している国々では、どのような状況になっているのでしょうか?世界に先駆けて炭素税を導入した、スウェーデンとフィンランドの事例を紹介します。

スウェーデン

環境先進国として有名なスウェーデンは、1991年に『CO2税』という炭素税を導入しました。

スウェーデンではもともと水力発電が盛んで、原子力発電も継続して利用していたため、導入以前から炭素の排出量は低い傾向にあった国です。

電力価格が安く炭素税の導入後も大きな反発がなかったことから、税率を段階的に上げることに成功しました。2017年時点での二酸化炭素1tあたり119ユーロという税率は、非常に高い水準です。

炭素税を導入する代わりに他の税で減免措置や還付を行ったのも、スウェーデンが導入に成功した理由でしょう。結果的に、スウェーデンは二酸化炭素の削減とGDPの成長を両立させました。

参考:諸外国における炭素税等の導入状況|環境省

フィンランド

フィンランドは、1990年に世界で初めて炭素税を導入しました。課税対象は電力を除く、暖房用と輸送用の化石燃料です。

炭素税の税収によって、所得税の引き下げや企業の雇用にかかる費用の軽減を実現しました。また、バイオ燃料に対しても、バイオ燃料の含有割合に応じて減税を行っています。

スウェーデンと同様に税率を段階的にアップしており、2017年時点では炭素税を導入した1990年の約50倍まで税率が上がっています。2014年には、二酸化炭素の排出量を1990年の84%にまで削減することに成功しました。

まとめ

炭素税に、地球温暖化の進行を食い止める効果はありません。しかし、企業・個人を問わず、自分たちが排出した二酸化炭素の対価を支払うことで、排出量削減のために何ができるかを考えるきっかけになるはずです。

「これ以上税金が増えるのは困る」と思うかもしれませんが、すでに導入済みの国々のように、他の税金が減税される可能性もあります。大切なのは、まず炭素税について知ることといえるでしょう。