北斗晶とは

1967年7月13日生まれ埼玉県出身。女子プロレスラー時代の北斗さんは、現役時代、最強の名を欲しいがままにした「デンジャラスクイーン」として女子プロレス界にその名を轟かせました。

また、「デンジャラスクイーン」になる前は同期の鈴木美香(みなみ鈴香)と海狼組(マリン・ウルフ)を結成し『颱風前夜(The Eve of Fight)』で歌手デビューしています。


その後、2002年女子プロレスを引退し、夫・佐々木健介のプロレスマネージャーとしてセコンドにつき活躍。その後、主婦タレントとして歯に衣をきせぬ発言で多くのテレビに出演し人気を博す。

私生活では男の子2人の母であり料理・裁縫を得意とし、テレビのイメージとはまた違った良き母親としての一面も持ち合わせています。

その料理の腕前は中々のものでテレビ番組・雑誌等で紹介されるほどでママタレとして今もなおテレビに多く出演しています。

今回の寄付について

埼玉県吉川市在住の北斗さんは「子育て支援につながる取り組みに活用して欲しい」と、100万円を市に寄付しました。

市子育て支援課によると北斗さんは所用で市役所を訪れた際、「寄付したい」と申し出ました。

食事が十分にとれず、家庭の困窮で苦労する子供たちの姿を目の当たりにし、地元で支援が必要な子供たちの力になりたいと考えたと北斗さんは話します。

中原恵人市長は「これまでひとり親家庭などの支援にも力を入れてきたが、より一層重点化していきたい」と謝意を示し、北斗さんは、「(私が生まれ育った)吉川市の子どもたちのためによろしくお願いします」と応じました。

これまでの寄付について/寄付への想い

次に北斗さんの誰かの力になりたいという想いやその行動の原動力はどこからきているのか。その他の慈善活動についても紹介していきます。


苦悩を乗り越えた北斗晶の想いとは

2015年9月、北斗さんは自身が乳がんであることを公表。右乳房全摘出手術を受けた後も、芸能活動を休業し、治療に専念しました。

そして、公表から1年2ヶ月ぶりに念願のテレビ復帰を果たしました。

「手術から半年くらい抗がん剤をやってから、放射線治療。今はお薬で女性ホルモンを抑える治療をしています。やはり副作用はありました。

でも一番困ったことは、なかなか前髪が伸びないこと(笑)。だから『あさチャン!』(出演番組)では、眉毛を太く描いてもらって『埼玉の夏目美久です』とふざけたら、みんな大爆笑」と、明るく湿っぽいところは微塵もない姿を披露。

インタビューでも終始笑顔を絶やさなかった彼女ですが、闘病中は苦悩することも多かったのでしょう。

「一生懸命支えてくださる人たちがいてはじめて、私は成り立っている。そのことを痛感しました。

今度は自分が、みんなに元気を与えられる存在になりたいです!」と、今後はお世話になった人々の期待に応えていきたいと熱く語りました。

参考資料:https://www.kanaloco.jp/news/culture/entry-5600.html

日本財団が推進する海洋ごみ対策プロジェクトにも参加

CHANGE FOR THE BLUE in大分実行委員会は、海へのごみ流出防止を目的に、タレントで愛犬家としても知られる北斗晶さんをイメージキャラクターに迎え、ペットとのお散歩時間中のごみ拾いを推進する「#クリーンペットウォーク」キャンペーンを行いました。

「Doggy&Beach ~ゴミ拾い気持ちいいだろ!~」は、北斗さんと日本財団が共同して考案された、本キャンペーンのキャッチコピーです。

愛犬との散歩時間で美しいビーチ、美しい海を守りたい、またごみ拾いを行うことの気持ちよさや清々しさをより多くの方に知ってもらいたいという願いが込められています。

まとめ

いかがだったでしょうか。

ここまで北斗さんの寄付活動とその人となりについてご紹介してきました。

北斗さんの慈善活動に対する想いやその行動力には、自らが大変な時期を乗り越えた経験、多くの人に助けられた経験が原動力となっているんですね。

また、北斗さんは、自身のブログで東北地方太平洋沖地震募金Tシャツを販売し、売り上げを寄付しています。

「誰かの役に立ちたい」「寄付してみようかな」と多くの人が思う中で北斗さんのような著名人が寄付しやすい形を作ってあげることは賞賛されるべき行為でしょう。

皆さんも、どんな手助けが自分にできるかリサーチしてみると案外手軽に誰かを助けることができるかもしれませんよ。