松井秀喜氏は、米大リーグのニューヨーク・ヤンキースGM特別アドバイザーや日本財団HEROsアンバサダーを勤める元人気メジャーリーガーです。過去には、災害への支援金など数多くの寄付を行っています。
そこで今回は、松井秀喜氏の寄付事例を4つ紹介します。
被災した出身地・石川県支部能美市に5,000万円寄付
日本赤十字社の石川県支部能美市地区は2011年3月19日、松井氏から東日本大震災の被災者へ向けた5,000万円の義援金を受けたことを公開しました。
能美市は松井氏の出身地であり、寄付当時に米アリゾナ州で春季キャンプ中だった松井氏は大震災について「今はただ心配している」と胸中を述べていました。
当時は米大リーグ・アスレチックスに所属
東日本大震災当時、松井氏は現役のメジャーリーガーとしてアスレチックスで活躍していました。
海外にいながら日本のピンチに寄付をする松井氏は野球ファンにとってまさにヒーローとも言えるものですね。
平成30年7月豪雨被災地支援に金額非公開で寄付
日本財団は2018年8月23日、松井氏が代表理事を務めるMatsui 55 Baseball Foundation から平成30年7月豪雨被災地への支援活動に対して寄付があったことを報告しました。
金額非公開で行われた当時の寄付には、松井氏本人のメッセージも添えられていました。
その原文は以下のものです。
「この度、平成30年7月豪雨によりお亡くなりになられた方に心よりお悔やみ申し上げます。また被災された方に心からのお見舞いを申し上げます。
今回甚大な被害を受けた岡山、広島、愛媛には現役時代に何度も訪れましたが、多くの野球ファンの皆さまに応援していただき、今でもたくさんの素晴らしい思い出が残っている地域です。少しでも皆さまの力になりたいと思っています。
一人ひとりに出来ることは小さくても、力を合わせることで大きな支援になると信じています。復興には長い時間が必要です。災害を風化させずに一人ひとりが出来ることを継続していきましょう。被災した皆さまの傷が一日も早く癒えることを心からお祈りいたしております。」
松井氏が寄付に際して強い思いを抱いていたことが伝わります。
国民が力を合わせることの重要さも説いており、インフルエンサーとしての強い意識が伺えます。
能登半島地震に際して1,000万円の寄付
松井氏は2007年3月28日、出身地の石川県で怒った能登半島地震の被災者を励ますことを目的として、家族を通じて県共同募金会能美市支会に1,000万円を寄付しました。
県共同募金会の池之上幸男事務局長は「被災者の大きな励みになる。大変感謝している」と感謝の意を伝えています。
故郷の被災にいち早く動いた松井氏
松井氏の父・昌雄さんによると、2007年3月27日の午後9時ごろ、携帯電話に松井氏から連絡が入り「僕に何か助けられることがあれば」と寄付を決めたようです。
被害の大きい能登地区には、松井氏の星稜高校時代のチームメートら友人がいます。
25日の本震時には1時間もたたないうちに、アメリカから昌雄さんの元に安否を気遣う連絡が入ったそうです。
昌雄さんは「活躍によって被災者を勇気づけることが、彼にとっては一番嬉しいのではないか」と話していました。
スマトラ沖地震の復興に5,000万円を寄付
松共氏は2005年1月6日、父親の昌雄さんと共に故郷の石川県根上町の町役場を訪れ、5,000万円を直接寄付しました。
寄付金はスマトラ沖地震の被災地の復興に役立ててほしいと日本赤十字社宛に、当時の平田文雄町長に手渡されました。
松井氏は「毎日ニュースを見て、史上最悪といえる被害だと思った。少しでも力になれたらと思った」と話しました。
日本のピンチにはどこからでも飛んでくるヒーロー・松井秀喜
松井氏の寄付事例を4つ紹介しました。
どれも災害が起きた際の寄付という点が印象的ですね。
故郷が被災した時には海外にいようといち早く助けの手を差し伸べる様は、現役時代の活躍も相まってさながらヒーローのようです。
現役引退後も、松井氏を強く支持するファンは多く存在します。
この記事で紹介した松井氏の人間性も、松井氏の人気の一因であることは間違いありません。
現在は米大リーグ・ヤンキースのGM特別アドバイザーとして活躍している松井氏。
日本でまた活躍する姿も楽しみですね。