羽生結弦とは

羽生選手は、1994年生まれ、宮城県出身。4歳からスケートを始め、2009-10シーズン、JGPファイナルで史上最年少(14歳)総合優勝、世界ジュニア選手権でチャンピオンとなりました。11-12シーズンに世界選手権初出場で銅メダルを獲得。13-14シーズン、GPファイナルで初優勝し、16-17シーズンには史上初となる4連覇を成し遂げました。15-16シーズン、全日本選手権を4連覇。20-21シーズンで5回目の優勝を果たし、ソチ五輪、平昌五輪2大会連続で金メダルを獲得。2022年7月にプロのフィギュアスケーターに転向することを表明。会見では、自身の競技人生を振り返り、熱い胸の内を明かしました。

「(オリンピックで)2連覇できましたし、今の自分の立場を作ってくれている大切なものだと思っています。北京では挑戦に成功したわけではありませんでしたが、夢を追い続けたこと、頑張り続けてきたことを証明できた場でもありました。また、それを見て、なにか前に進もうと一歩だけでも思っていただけるような機会になったことをうれしく思います。僕にとっては生きている証というか。皆さんと歩み続けた証でもありますし、これから頑張り続ける土台でもあります。」

誰もが認める世界的なアスリートの羽生選手ですが、慈善家としても有名であり、寄付活動にも積極的な姿勢をみせています。

参考資料:https://olympics.com/ja/athletes/yuzuru-hanyu

羽生結弦展】総額1億5000万超えの寄付

https://twitter.com/notte_2023/status/1634881816120393735?s=20

読売新聞社は全国6か所で開催された「羽生結弦展2022」(読売新聞社主催)のオリジナルグッズ販売売上から8593万5835円を、読売光と愛の事業団に寄付することを決めました。同事業団は、基金として積み立て、国内でこれから大規模災害が起こった場合、速やかに被災自治体や支援団体に支援金として助成します。寄付金は基金を運営する事務経費には一切使われません。

展覧会は羽生結弦さんのアマチュア時代の栄光の軌跡を、報道写真のほかメダルや衣装なども展示して振り返りました。これまで読売新聞社が主催した羽生さんの展覧会では、2018年の「応援ありがとうございます! 羽生結弦展」で4278万円を東日本大震災などの被災者支援のために、20年の「羽生結弦展2019―20」では2780万4540円を「全国コロナ医療福祉支援基金」に寄付してきました。今回を合わせると総額は1億5000万円を超えました。

記者が語る羽生選手の凄さ

羽生選手はこれまでも、並々ならぬ思いで被災地に寄り添ってきました。羽生選手をインタビューしてきた記者が羽生選手の寄付への姿勢についてコメントを残しました。

「被災(3.11)当時は高校生。避難所生活も経験しましたが、震災1カ月後にはチャリティ演技会に出演。また、’12年に出版した初の自叙伝の印税すべてを、自身が被災した場所でもあるアイスリンク仙台に寄付しました。事前の知らせなく数百万円が振り込まれたので、リンクの運営会社側はとても驚いたそうですよ」(スポーツ紙記者)

その後もリンクへの寄付は続き、総額は3千万円以上にのぼる。2023年に自叙伝の続編を発売しましたが、その印税もアイスリンク仙台へ寄付すると明らかにしています。

「ソチ五輪から帰国した際には、まだ19歳でしたが、報奨金の使い道を聞かれ、『寄付に使う』と即答して、報道陣を感嘆させました。平昌五輪のときも同様ですが、宮城県と仙台市に寄付しています」(前出・スポーツ紙記者)

羽生選手はフィギュアスケート界の絶対王者としての実力を身につけていく過程で常に感謝を忘れずに、自分が今できる最大限の恩返しをされてきたのでしょう。その恩返しが競技者としての身を結び、また更なる高みへと歩んでいく。まさにアスリートの鏡ですね。

参考資料:https://onl.bz/3bGJkgN

羽生結弦選手から学ぶ感謝と成長

世界最高峰で活躍する羽生結弦選手。スケートリンク内外での行動やファンへの対応もさることながら、寄付活動にも積極的なことから人格者と報道されることもあるようです。

常に高いところに描く理想へ向けて、怠りなく努力し続けることのできるメンタルこそ、羽生選手の土台なのでしょう。羽生選手の今後の更なる活躍に注目です。