アニソンの女王ともいわれている水樹奈々さんが、東日本大震災の翌年2011年3月27日に、チャリティプログラムを開催されていたことをご存知でしょうか?寄付金は「ニコニコ募金」として、全額を日本赤十字社及び、ユーザーの方が選んだ支援団体を通じて東日本大震災の被災地への義援金として寄付されます。

被災地支援のために自分たちで企画

今回のチャリティプログラムは、水樹奈々さんがアルパ奏者の上松美香さんの演奏のもと、アンプラグドで3曲のミニライブをニコニコ動画で配信するというものでした。

約20分間で番組の視聴者数は68000人以上、コメントは約59000件以上集まりました。

生放送とアーカイブ動画の配信で集まった募金は3,151,800円になりました。

この企画に対して、水樹奈々さんは公式サイトで「本日放送のチャリティプログラム…見てくださったみなさん、募金にご協力くださったみなさん、本当にありがとうございました!!沢山のコメントと感想…本当に本当に嬉しかったです。今回のプログラムは、上松美香ちゃんと話し合い、ドワンゴさんにご協力をお願いをして放送させていただきました。これからも私らしく、自分に出来ることをやっていきたいと思います。」と綴っています。

ファンからも「自分ができることをやります」というコメントが

出典:mizukinana.jp

オフィシャルブログで水樹奈々さんの投稿には、ファンから多くのコメントが集まっていました。

オフィシャルブログ:https://www.mizukinana.jp/blog/2011/03/post-1436.html

「シャッス!放送見ました!

私は被災者ではないですが、募金や節電、支援物資の寄付など、出来ることはたくさんあります。

奈々さんも、優しい歌でみんなを元気にさせるという、誰にでも出来ることではない、難しいけど一番大事なお仕事を頑張っていらっしゃって、すごく感動しました。

これからも頑張ってください。ずっと応援しています。」

「奈々さんの歌声を聞いて微力ではありますが募金させていただきました。今回のチャリティプログラムは本当に素晴らしいもので、奈々さんの歌声で私自身とても元気づけられました。ありがとうございました。」

「チャリティプログラム、とても心が暖かくなる歌声でした。今後風化させることなく継続的な支援を心掛けようと思います。奈々さんと一緒に!」

このチャリティー動画はニコニコ動画の会員ではないと見れないものだったので、「見れなかった〜」という方や、「寄付の仕方が分からなかった」という方もいたのですが、その方たちも「違う形で寄付します」というコメントをされていて、水樹奈々さんの行動力がファンの行動力へと連鎖しているのが印象的でした。

親に夢を託された水樹奈々さん、沢山の人を勇気づける歌手へ

圧倒的な歌唱力が印象的な水樹奈々さんは、歌手志望だった父親の方針で5才の頃から中学卒業まで、毎日歌の猛特訓をされていたそうです。歌以外にも、音感を養うためにピアノやエレクトーン、歌手になった後はサインを求められても困らないように書道もされていたそうで、地元では「のど自慢大会荒らし」とも言われていました。

中学2年生の時、東京の芸能プロダクションから声がかかり、「せとうちのど自慢10周年記念全国大会で優勝したら所属できるという条件を出され、翌年にその条件を果たしています。

その後、上京してからも苦難の連続。

たまたま声優のスクールに入ったのがきっかけとなり、声優と歌手の兼業がスタートしました。今ではアニソン女王と呼ばれ、声優と歌手を両立されている方も珍しくなくなりましたが、当時はそのような兼業をしている人はおらず、水樹奈々さんがパイオニア的存在だったそうです。

筆者が水樹奈々さんを知ったのは、有名になってからだったのですが、夢を叶えるまでにいじめやセクハラを受けた経験があったことも知りました。人の痛みを知ってる水樹さんだからこそ、今回のような企画を考え、そしてファンの方たちもその行動に心を打たれるのかなと思いました。

連鎖する勇気と行動力

https://twitter.com/NM_NANAPARTY/status/1547415672615063563?s=20&t=A9EEHA36_Ek7Osda7-TpBw

水樹奈々さんのファンの方の書き込みを見ていて印象的だったのが、勇気と行動力の連鎖です。

水樹奈々さんが一人で寄付をするのではなく、ファンの方に向けたライブを行い、それを見たファンが感動して寄付をする。その場で寄付できなかった人は、違う形でも寄付すると話されている。その連鎖がさらにまわりの人の勇気や感動にも繋がるのではないかなと思います。

ファンの方たちもコメント欄では、被災地の人を思う気持ちなども書かれていて、とても温かいコメントで溢れていました。